表彰36科目の中から、代表して下記の科目の担当教員から寄稿をいただきました。
〇表彰科目:言語教育研究センター開講 「総合日本語2」 〇担当教員名:永須 実香、高橋 裕子、佐藤 貴仁(言語教育研究センター)
問1:受賞のご感想を教えてください。
日本語のコースというのは、概して、クイズ、試験、宿題が山のようにありまして、学生に文句を言われ続けて、30余年。このような賞はご縁のないものと思っておりましたので、とても驚きました。
問2:受賞された科目について、学生に授業をとおして最も伝えたいとお考えのことは、どのようなことでしょうか。
(上記の3名で分担して、教えておりますが、以下、代表で、永須の意見を書かせていただきます。) 間違いを恐れず、恥ずかしがらずに共有すると、それが自分だけでなく、周囲にいる仲間の学びにもなるという意識を育ててほしいです。そこから、周囲の人たちと信頼関係を築くこともでき、語学だけでなく、あらゆることに通じる姿勢だと思います。
問3:授業の中でされている創意工夫を教えてください。また、受講者数に対応した授業運営などの工夫があれば、教えてください。
総合日本語2は、中国人の学生だけを対象とした日本語の集中コース(10コマ/週)です。欧米人学習者が時間をかける漢字認識、書き取りをする必要がない分、中国人の学生たちは、ほかの弱点を補強することができます。彼らの弱点というのは、文法のようなテクニカルなものもありますが、性格、気質のようなものもあります。教室で間違えることを非常に怖がるというのもその一つです。語学は、この気質を乗り越えないと上達しませんので、学期が始まるたびにこの気質との闘いになります。
例えば「しかも」を使って例文を作るとき、「あの店は、美味しい。しかも、なになに。」この「なになに」に言葉を入れなさいという問題で、10人中9人が「安い」と入れて安心してしまいます。しかし、この答えでは、試験で点数は取れても日本語を上達させることはできません。私が期待しているのは、「あの店は美味しい。しかも、店員が私の大好きなアイドルに似ていて、格好いいんです。」というようなチャレンジングな、プラス、心のこもった文です。このような文を言おうとすれば、間違える可能性がぐんと上がりますが、このぐらいの文がすらすらと言えるようにならなければ、お金をかけて日本に来た甲斐はありません。
そこで、チャレンジして間違えた学生には、よくぞ間違えてくれた、おかげで私はあなたの頭の中が見えた、と伝え、その上で、その間違いの解説をします。クラスメートにも、彼が間違えたおかげで、今日は一つ賢くなりましたね、と言い続けます。会うたびに毎回、「遠慮なく間違えてください、間違えていいんですよ」と呪文のように唱え続けていますと、中間試験の後ぐらいになってやっと、悪びれずに、大きな顔をして、間違えてくれるようになります。自分の間違いを笑えるようになればしめたものです。教師と学生、学生どうしの信頼関係ができ、安心して、毎日のハプニングに心が動き、そこで表現したいことが次々に生まれるでしょう。
問4:また、これらの工夫は、どういったところから発想され、磨かれてきたものでしょうか。
このように問われて初めて、はて、どこから?と振り返りまして、この発想は、過去にそのような姿勢で学ぶ姿を見せてくれた多くの学生の存在のおかげだろうと思い当たりました。夏目漱石の「こころ」をフランス語で読み、日本語で読めるようになりたいとひらがなから学習し始めたフランス人学生、専門は数学なのに「トトロ」の国に憧れて留学してきたドイツ人学生などなど、自分のために本気で学ぼうとする学生たちは、教室で、どんなにつたなくても、堂々と自分の日本語を話し、間違いを直されると目をきらきらさせて喜ぶような、向上心あふれる学生たちでした。誰かが珍妙な文を作ると、それをおおらかに笑いあって、その空気といっしょに、文法や表現を体にしみこませていく。彼らとのそんな愉しい瞬間の積み重ねが、教師としての私の土台となっていたのだなぁと、これまでの学生たちに「ありがとう」と言いたいです。(、、、ということに、改めて気づく機会をくださったことにも感謝です。)
問5:その他、上記に関わらず補足等がありましたらお願いします。
実は、このコースは2025年の春で、閉鎖されることが決まっています。閉鎖直前のこの時期に、この賞をいただけるのは、神様からのごほうびだと思いました。最後の時まで、これまで同様、仲間といっしょに失敗から学ぼうとする姿勢を育ててもらえるよう、精進したいと思います。
以上
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活動
〇表彰科目:言語教育研究センター開講 「総合日本語2」
〇担当教員名:永須 実香、高橋 裕子、佐藤 貴仁(言語教育研究センター)
問1:受賞のご感想を教えてください。
日本語のコースというのは、概して、クイズ、試験、宿題が山のようにありまして、学生に文句を言われ続けて、30余年。このような賞はご縁のないものと思っておりましたので、とても驚きました。
問2:受賞された科目について、学生に授業をとおして最も伝えたいとお考えのことは、どのようなことでしょうか。
(上記の3名で分担して、教えておりますが、以下、代表で、永須の意見を書かせていただきます。)
間違いを恐れず、恥ずかしがらずに共有すると、それが自分だけでなく、周囲にいる仲間の学びにもなるという意識を育ててほしいです。そこから、周囲の人たちと信頼関係を築くこともでき、語学だけでなく、あらゆることに通じる姿勢だと思います。
問3:授業の中でされている創意工夫を教えてください。また、受講者数に対応した授業運営などの工夫があれば、教えてください。
総合日本語2は、中国人の学生だけを対象とした日本語の集中コース(10コマ/週)です。欧米人学習者が時間をかける漢字認識、書き取りをする必要がない分、中国人の学生たちは、ほかの弱点を補強することができます。彼らの弱点というのは、文法のようなテクニカルなものもありますが、性格、気質のようなものもあります。教室で間違えることを非常に怖がるというのもその一つです。語学は、この気質を乗り越えないと上達しませんので、学期が始まるたびにこの気質との闘いになります。
例えば「しかも」を使って例文を作るとき、「あの店は、美味しい。しかも、なになに。」この「なになに」に言葉を入れなさいという問題で、10人中9人が「安い」と入れて安心してしまいます。しかし、この答えでは、試験で点数は取れても日本語を上達させることはできません。私が期待しているのは、「あの店は美味しい。しかも、店員が私の大好きなアイドルに似ていて、格好いいんです。」というようなチャレンジングな、プラス、心のこもった文です。このような文を言おうとすれば、間違える可能性がぐんと上がりますが、このぐらいの文がすらすらと言えるようにならなければ、お金をかけて日本に来た甲斐はありません。
そこで、チャレンジして間違えた学生には、よくぞ間違えてくれた、おかげで私はあなたの頭の中が見えた、と伝え、その上で、その間違いの解説をします。クラスメートにも、彼が間違えたおかげで、今日は一つ賢くなりましたね、と言い続けます。会うたびに毎回、「遠慮なく間違えてください、間違えていいんですよ」と呪文のように唱え続けていますと、中間試験の後ぐらいになってやっと、悪びれずに、大きな顔をして、間違えてくれるようになります。自分の間違いを笑えるようになればしめたものです。教師と学生、学生どうしの信頼関係ができ、安心して、毎日のハプニングに心が動き、そこで表現したいことが次々に生まれるでしょう。
問4:また、これらの工夫は、どういったところから発想され、磨かれてきたものでしょうか。
このように問われて初めて、はて、どこから?と振り返りまして、この発想は、過去にそのような姿勢で学ぶ姿を見せてくれた多くの学生の存在のおかげだろうと思い当たりました。夏目漱石の「こころ」をフランス語で読み、日本語で読めるようになりたいとひらがなから学習し始めたフランス人学生、専門は数学なのに「トトロ」の国に憧れて留学してきたドイツ人学生などなど、自分のために本気で学ぼうとする学生たちは、教室で、どんなにつたなくても、堂々と自分の日本語を話し、間違いを直されると目をきらきらさせて喜ぶような、向上心あふれる学生たちでした。誰かが珍妙な文を作ると、それをおおらかに笑いあって、その空気といっしょに、文法や表現を体にしみこませていく。彼らとのそんな愉しい瞬間の積み重ねが、教師としての私の土台となっていたのだなぁと、これまでの学生たちに「ありがとう」と言いたいです。(、、、ということに、改めて気づく機会をくださったことにも感謝です。)
問5:その他、上記に関わらず補足等がありましたらお願いします。
実は、このコースは2025年の春で、閉鎖されることが決まっています。閉鎖直前のこの時期に、この賞をいただけるのは、神様からのごほうびだと思いました。最後の時まで、これまで同様、仲間といっしょに失敗から学ぼうとする姿勢を育ててもらえるよう、精進したいと思います。